就職先での出来事 1

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裏ブログ

縫製工場

離婚してからの最初の就職先の縫製工場。

とにかく人が欲しい様でしたが、働いてみて事情がよく分かりました。

今時、縫製工場は人気が無いんだと思っていたのですが、

どうやら違った様です。

主婦は縫製の仕事が好きな人は割といます。

なのに人が足りないのは、やはり理由があるのです。

紹介してくれた知人も知らなかった様です・・・

躁鬱ジュニア

ここは家族経営の会社で、現場を取り仕切っているのは社長ジュニア。

この人が躁鬱だったのです。

初めはそんな事知らないので、随分と日によって変わる人だと思っていました。

やたらテンションが高い日と逆があります。

テンションが高い日は、とても楽しい人で、現場も盛り上がりますが、

逆の日は現場はピリピリします。

全く話さず、どんよりとしていて、機嫌がすこぶる悪い。

現場で、ちょっとした事でキレるのです。

スタッフは何も言えず、ひたすら耐えていました。

お説教

社長も現場で働いていましたがジュニアに任せているので、普段は口出しはしてきませんが、

午後になると、「チョットみんな止めろ!!」と

みんなの手を止めます。

そこでお説教が始まります。

中国からの研修生が何名かいまして、この人達に日本の技術を教えたい。

中国の工場は完全な流れ作業だが、日本は違う。

一つ一つの工程を丁寧に、完璧に早くこなし、製品にプライドを持って取り組むという

日本の職人気質を学んで国に持ち帰ってもらいたい。

という事を言うのです。

これは良くわかるし、素晴らしい取組だとは思いますが。

お説教がもうパワハラ以外の何者でもありませんでした。

もっともな事を長々と話のですが、モラルという名の

人格否定でした。

かなり高圧的で、、誰も何も言えずただ黙って聞くだけ。

イイかげん、またか・・・と言う雰囲気が漂います。

午後はお昼13時から休憩時間は19時までありません。

このお説教タイムが唯一の休憩時間になっていました。(笑)

この時間はかなり長く、30分では済まなかった様に思います。

私も最初は真剣に聞いていましたが、ある時から、このモラハラに

耐えられなくなってきていました。

ジュニアも鬱状態の時は、かなり怒鳴り散らし、ドアを破壊したり、

仕事を途中で投げ出したり・・・それをみんながフォローするのです。

それに対して社長は謝りもせずにみんなの事を責めます。

おかしいですよね。仕事を投げ出し、時間に間に合わなくなった事を

みんなのせいにし、尻拭いさせる。

最初は鬱だと思わず、ジュニアだからやりたい放題なんだと思っていましたので、

この振る舞いにキレた私は、社長に食ってかかってました。

長くいる人達も今まで何にも言わずに耐えてきているのです。

食ってかかる私に、「ようやくハッキリ言ってくれる人が来た!」と

思っていた様で、辞める時はその様に言われ、かなり惜しまれました(笑笑)

いいたきゃ言えばイイのですが、みんなそうでは無いのですね・・・

躁鬱とは知らない私は、コレについて何度か社長と話をしましたが、

その時に、よく、「コレからジュニアに社長業を任せるにあたって、

若いみんなでジュニアと、この工場を盛り上げていって欲しい。

自分が今まで、良い仲間に出会えて、ここまでやってこれた、

ジュニアにもイイ仲間を作ってあげたいから、良い人を集めているんだよ。

よろしく頼む。」と言っていました。

ある時たまらず社長にジュニアにあの態度なんとかしてくれ。と言ったのですが

その時に「あいつは病気なんだよ。」と・・・

なんのことかわからない私は、

「病気ならば、なおの事、この現場には入れないで下さい!コレでは仕事にならないじゃないですか!!」と、

そこからの流れで、いつもの社長のジュニアをよろしく頼むと始まったので、

たまらず言ってやったんです。

「社長が言うイイ仲間って、作ってやるもんじゃ無く、

ジュニアがこの先、自分で作り上げるものですよ。

いくら社長がいい人材を集めてもジュニアのためにはならないし、

この状態でどんなに良い人が集まったって

イイ仲間になんてなり得ませんよ。みんなはどう思ってるか分かりませんが、

私はこの先ずっとジュニアのお守りをする気はありません!!」と。

社長は、「ジュニアのお守りをしろなんて言ってないぞ!!」

とキレたので、負けずと、「コレはお守りをしろと言ってるのと同じですよ!!」

と、社長は何も言い返せませんでした。

こんなやりとりをしてすぐ、私もここに入って半年、ストレスで、10キロ以上太ったり、

嫌いなアイロンがけを永遠とやり続ける日々に限界を感じ、精神的に疲れてしまって

辞める事にしたんです。

自分の事は自分で守らないと誰も守ってくれませんし。

それと、入社当初約束したお給料の額があったのですが、一度もその額をもらった事は

ありませんでした。

コレにもガッカリしてたんですよね。騙されました。

お給料、作業内容、精神的苦痛で、この工場で一生働いていく自信は持てませんでした。

辞めて、本当に良かったと思っています。

実は本当に嫌で、仕事のお昼休憩の時に、仲間と話している時なんか

泣いていましたから・・

泣くほど嫌な作業なんて初めてでした。

後日紹介してくれた知人に事情を話し、辞めてしまった事を謝りました。

知人はこの社長と血縁関係のない親戚ですので、

事情を話さない方が良いのではないかと思ったのですが、

この先誰かを紹介しては知人の信用にも関わると思い話しました。

知人はとても良い人で、大好きな人ですから。

そもそも私は狭い空間で、同じところにじっとして同じ作業をひたすらやると言う事には

向いていないみたいです。

ここで学んだ事

ここではまだ、自分をあまり客観視できでいなかったし、自分に何が向いているのかも

よくわかっていなかったと思います。被害者意識も強かったかもしれません。

自分が仲間と愚痴を言う事がどれだけ自分を腐らせる事になるのか、

状況が状況でしたので、あまり気づいていなかったですね。

ただ、自分の先が見えないので、子供達と大型犬を食わしていくために必死になっていました。

3次元の現実ドラマにどっぷり使っていた頃です。

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